今週の卓話要約


「アマ女流棋士の道を歩んで」
囲碁インストラクター(六段)佃 優子氏

佃 優子氏 私は大阪生まれですが、石川県で歩んできた囲碁の道についてお話します。
子供のころは、田舎の高槻の碁会所にポツンと女の子がいたものですから珍しがられましてね。決して好きで行っていたのではなく、学童保育みたいに預けられて、周りのおじさんたちの話を聞きながら覚えていったのが、囲碁を始めたきっかけでした。私が子供教室をすることで、人間関係で一番大事なあいさつをし、深く長いおつき合いができる信頼関係を囲碁から学んでほしいと、20年思い続けて子供たちと接してきました。
石川県の子供教室がやめてしまうので、大阪から誰か派遣してほしいと依頼があり、いっそ自分で教室をやろうということで始めました。家賃48,000円のアパートで2教室を設け、生徒は6人で収入は36,000円。会計の勉強で簿記学校へも通い、15種類のアルバイトをしました。すごい人生勉強になりました。そういうときに、こんな場所があるから碁会所をしないかという女神が現れたんです。女神って、男性なんですけど、作田(武)さんです。すぐに行動されるかたで、多くの助言をしていただきました。
ある会長さんが、もっとお金のもうかる方法を教えてあげるということで、「大会で優勝したら全国から振り向いてくれる。アピールしかない」と言われ、猛勉強しました。私の父のような人たちから次元の違うアドバイスをいただき、本当にありがたかった。いまの碁会所は泉野町にありますが、78歳の女性の方が初段近くまでいかれて、もう生き生きとした生活を送られています。
作田さんに外国へ囲碁旅行に連れていってもらって思いました。言葉が分からなくても囲碁は「手談(しゅだん)」ができる。盤上で戦って、手で談話ができ、平和で楽しい。全世界の人に囲碁を知ってもらえたら平和がくるんですけどね。姉妹都市の蘇州へ参りましたら、大陸の中国は強い。小学校の授業で囲碁を教えている。教室でなく、体育館に碁盤が置いてあって、頭のスポーツということで体育学科なんです。
この間、びっくりしました。囲碁は白黒つけるゲームなのに「これ、おあいこにしよう」と、勝ち負けを決めたくない子供がいるんです。運動会でも順位をつけないというので小学校へ見にいったら、40人の児童が端から端までロープをもって最後まで一緒に走る。えらい時代やなと思いましてね。
碁石を落とした子供に「お道具、大事にしなさい」といったら、「先生のほうが近いから拾って」と言われます。これは若い親が悪い。もっと叱らなければいけない。囲碁を強くする以前に、そこが一番問題だと思います。専門職のプロの道を教えるよりも、アマなんですが、そういう人が各県に1人ずついてほしいし、私自身、使命みたいなものを感じています。


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