今週の卓話要約


「日本での生活で得たもの」
金沢大学自然科学研究科物質工学専攻  イ・ヘリ氏

小林 清彦氏皆様、こんにちは。私は韓国釜山の出身です。私の祖父は昔、釜山のダデポと言う所で造船業をしていました。その祖父の影響で、私の父も造船所で働きたいと、水産海洋大学を卒業して入社後、造船業に優れた日本で1年間研修を受けました。そ
のとき日本でお世話になった方がロータリの会員だったそうです。また、その時期、私の祖父もプサン地区ロータリークラブの会員でした。祖父はもう亡くなりましたが、私が日本に来て、米山記念奨学生としてロータリーのお世話になっていることを知ったら、きっと驚き喜ぶのではないかと思っています。
私が始めて日本に来たのは、高校1年の夏でした。私のいとこが福岡大学に留学しており、姉と一緒に遊びに行きました。普通、韓国では高校のとき英語に次ぐ第2外国語でフランス語、日本語またはドイツ語等を学びます。私の高校では偶然日本語が第2外国語であったため、日本語を使える機会だと想い、期待をもって日本に来た記憶があります。実際に使った日本語は、「いくらですか」「これをください」くらいでしたが、そのときの日本の印象は、町が静かで、きれいだったのと、信号や表示板等が分かりやすく整理されており、またみんなすごく親切だったことです。その印象は頭の中に強く残り、次の機会があったら日本の他の所にも旅行したいと思いました。
高校卒業後、ソウルにあるヨンセ大学に通いました。大学に入ってからは英語がすごく大事で、日本語の勉強は続けませんでしたが、グループで勉強しようという話が出て、会に参加して勉強し直しました。短い間でしたが、負担なく、楽しく勉強でき、海外や異文化への興味も深まりました。
私は学部生のとき化学を専攻し、将来は化学工学、大気環境工学の大学院に進みたいと考えていました。大学院への進学を悩んでいるときに、日本で環境工学を専攻し博士号を取得した知人から、日本への留学を勧められました。
おととし11月に金沢大学の微粒子プロセス研究室を見学し、先生や学生とお会いしたところ非常によい印象を受け、この研究室なら私の夢を実現できると思い、お世話になることを決意しました。4か月後の去年の2月に来日し、半年間研究生として日本語を学んだ後、去年の8月末に大学院の入学試験に合格し、10月から大学院生になりました。現在は、微粒子プロセス研究室で、エアロゾルという空気中に浮遊している微少粒子について勉強しています。私はエアロゾルの中でも大きさが1nm当たりの気中分子イオンの挙動について研究を行っています。ここで、1nmという単位は、地球の直径を1m とすると、1nmはちょうどビー玉程度の大きさになります。今のところ、気中分子イオンはガス分子と粒子の中間的な挙動が予測される面白い結果が得られています。
今年の8月、岡山大学での日本エアロゾル学会に参加し、研究発表をしました。岡山では、後楽園にも行きましたが、私は兼六園のほうが好きです。先週はアメリカのミネアポリスの学会に行ってきました。また、研究装置を設計したエール大学の研究室も訪問し、担当教官の前で研究結果を発表しました。学会発表では、自分の研究を異分野の方々にも分かりやすく説明することの大切さと難しさを学びました。また、様々な質問や意見、アドバイスをいただき、今後の研究の励みになりました。
いつも研究で忙しい日々を過ごしていますが、これまで本当に楽しい、幸せな思い出をいっぱい作って来たと思います。日本の友達と花火を見に行って初めて浴衣を着たこ
とや、お茶会に参加したこと、他の国の留学生との交流会などで異文化を直接感じ勉強できたのはすごく大切な経験になりました。また米山奨学生になってボランティア活動や交流会に参加し、会員や他国からの留学生との心のふれあいを通して、国際交流や相互理解を経験できました。
私が米山記念奨学生の面接を受けたとき、日本に来てから感じたことを聞かれましたが、言葉の異なる日本に来て、色々な問題が発生したときに、先生、研究室の先輩方
や友達に助けられたことに本当に感謝しており、その方々にこれから恩返しして行きたいと答えました。
“人間が生きているのは迷惑だ。しかし生きて行くのは返すことだ。”と、例会で能登会長がおっしゃいました。今まで日本での生活で得た貴重な機会、頑張って勉強して得た専門知識を生かして、もっと広く社会に貢献して行きたいと思っています。毎日を大切に、人との出会いを大切にして、両親や家族、ロータリークラブの皆様に感謝しつつ、私も恩返しができるよう一所懸命頑張りたいと思います。



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